第 四 話 おしえて!タクミさん

「ねえ、溶接条件教えて」。ある日、製造部のコウサクは技術部のカイキにこう声をかけられました。「なんで?」と聞き返すと「お客にWPS(溶接施工要領書)を出すんだ。継手形状のポンチ絵を渡すから現場から聞いてきてよ」とのこと。コウサクは断ろうとしましたが「みんななぜかやりたがらないんだ。頼むよ」とポンチ絵を描いたメモ紙を押し付けられてしまいました。

 コウサクは現場に行き、溶接士のタクミさんに聞くことにしました。「タクミさん、これ、教えてください」。コウサクはメモを差し出しました。しかし、なぜか一瞥のままだんまり。「あのお、急ぐみたいなんですけど」。それでもタクミさんは仏頂面のまま。ははあ、カイキが言ってた皆がやりたがらないのはこのせいか、と諦めかけたその時、タクミさんは作業服の胸ポケットから手帳をつまみ出してこう言いました。

「俺のはこれだ。だがいいか、こいつは俺が積み上げてきた、いわば『ノウハウ』だ」「あ」「溶接士だったら、例えばヨシツグもオオモリも同じことを言うだろう。条件は一人一人違う」「そう、なりますかねえ」。タクミさんは改めて向き直りこう言いました。「溶接士は一人一人癖がある。電流の好みは違うしトーチの扱いも異なる。サッと流す奴もいればじんわり進める奴もいる。そして、検査にパスするならそのどれもが正解、となる」「うーん」「その検査だって環境や人によって左右されることがあるだろう?つまりどう肚をくくるか、だ」。

 コウサクはだんだん頭が痛くなってきました。「じゃあ、一体どうすれば」。半泣きでコウサクが漏らすとタクミさんは笑ってこう続けました。「さっき言ったろう?あいつらの条件くらい俺には大体わかっている。それらを皆カバーできるようにくくった値の範囲を教えてやるよ」。さすが!

 その後タクミさんに口頭で教えてもらったデータを頭の中で反芻しつつ、コウサクはカイキの元に向かいました。そう、こいつを手渡す前に「匠は匠を知る」とでも伝えてやろうか。

2022年5月23日

愛のために

先手の本懐

割れたハート