第 一 話 物差しの使い方

 キンヤとカイキは金属加工メーカーの同期入社。金属工学専攻のキンヤは博識に加えその実直さもあってお客の絶大な信頼を得ています。一方、カイキは機械工学の出身。体力と豊富な実務経験が自慢の現場でも一目置かれる存在です。そんな二人が揃ってお客での打ち合わせに出張したある日、それは起こりました。

 会議が佳境に差し掛かった時、お客から「この材料の溶接部の耐食性は十分かな?」と問われ、キンヤは手元のデータを見ながら「母材は問題ないですが溶接部となると・・・。あ、でも溶接後に熱処理すれば問題ないです」と答えました。すると傍で聞いていたカイキが「あ、なんてことを。それじゃ組立後の寸法がおかしくなります」と即座に反対したのです。お客は二人を交互に見て「どうしたらいいの」とドギマギ。しばしの沈黙ののち、営業担当が「すみません、持ち帰らせてください」とその場を収めることとなりました。

 帰社後、しばらく二人は舌戦を繰り広げましたが決着はつかず上司が判断することに。二人の主張を交互に聞いた上司は「君たちの意見はどちらも正しい。でも決めるのはお客さまだ」と言い、さらにこう続けました。「材料と加工をどう組み合わせるかは、お客さまの品質要求もあるが、最後はご希望の予算と納期で決まる。だから我々のベストがお客さまのベストとは限らない。お客のニーズをどう満たせるかでベストの物差しは変わる。だから、セカンドベストも考えに入れておけ」。
 二人は深く頷き、お互いに協力して品質・価格・納期をトータルで評価したケーススタディを行うこととなりました。

 材料と加工、それぞれの特長に過度に肩入れすることなく、お客さまの声をよく聞いて提案したいものです。

あばたもえくぼ、というけれど
ひいきごりおし、どをすぎれば
えくぼもあばた、となりにけり
しばしきくみみ、みあうまなこ
ともにめざすは、あすのえがお

2022年1月3日

このお話は・・・

誰のためのそろばん

物差し