第 二 話 誰のためのそろばん

 カイキはその後キンヤや他のスタッフと相談の上製作仕様を決定することができました。さあ、いよいよ見積です。

「セキさーん、これでお願いしまーす」。カイキは見積係のセキさんの席に行き、決まった仕様での見積書作成の依頼をしました。「ふーん」とセキさんは仕様書やスケルトン(見積図)をめくっていましたが、おもむろに「ところでお客の指値はいくらだい?」とカイキに訊きました。「ありませんよ、だから見積をお願いしてるんじゃないですか」「競合価格は?」「教えてもらえません」。ふー、とセキさんはため息をつき「じゃあ、うちの営業はなんて言ってる」「ベストプライスでおねがい、と」「課長は?」「同じです」。それを聞くとセキさんはポツリとこう言いました。
「それはどっちにとって、なのかなあ」「え?どっちって…」。カイキは思わず聞き返しました。

 指値があればそこから変動費(材料費や購入費・外注費・販直費など)を差し引いて採算を出しますし、競合に対する戦略が決まっていればそれに見合った検討をします。それらはまず優先されるべき条件なのですが、現実にはこうした情報が得られる機会は少なく、過去の実績から競合に勝つ価格を想定するか、工場原価に会社方針に沿う利益を乗せて積み上げるか、のいずれを採るかの判断となります。
 つまりセキさんは、お客にとってのベストか、自分たちにとってのそれか、をまず問うたのです。

 さらに、見積を回答してもどちらの「ベスト」にも合わない場合は、変動費の圧縮や加工工数の見直しをすることになります。その結果、お客にVA(Value Analysis:価格調整のための仕様変更)を提案したり、逆に提案を要求されたりもしばしば。また、検討した変動費や加工工数が目標原価として社内で周知されるべきなのは言うまでもありません。

 口をつぐみ目をぐるぐる回しているカイキにゆっくりと向かい、セキさんは言いました。
「ま、君にベストと思ってもらえるようにがんばるさ」。カイキは思わず頭を下げました。

悩むほど 延びる道のり つづれおり
あちら立てれば こちら立たずと

2022年3月28日

物差しの使い方

愛のために

そろばん