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第 三 話 ミルシート
ネットでみつけた二つの品物。見かけも仕様もそっくりなのになぜか値段は倍半分。あなただったらどうしますか?あまりの違いに「なんでこんなに安いの?」「このメーカーって大丈夫?」と購入のクリックに迷うと思います。
長考の末、心を決めて購入し「期待したほどでなかった」とほぞを噛んだり「これは得した」とほくそ笑んだり結末は様々。でも「あー、あのときもっと調べておけば」と後悔することも多いのではないでしょうか。
さて、昨今は高価な材料や部品も「クリックひとつ」で買えるようになりましたが、特殊鋼製となるとかなりの高額に。さあてますます慎重にならざるを得ません。
そこでキイとなるのがミルシート(Mill Certificate、材料証明書)。その材料の出処を示すいわば戸籍謄本です。どんなに見栄えや価格が魅力的でもこれがなければ道端のスクラップと同じ、というのが業界のジョーシキ。著名なメーカー製であっても鵜呑みにできない場合もあるので厄介です。
「なんだ、品物買う時に要求したって、入ってきちゃったらもう手遅れじゃないか」との声が聞こえてきそうですが、購入時に要求するだけでもきちんと牽制になるものです。
その昔、シンガポールの商社から鍛鋼品を購入した時のこと。作業員が「溶接したら穴があきました」と駆け込んできました。溶接部を見るとどうみてもこりゃ鋳物。そんなはずは、とミルシートを出させたらなんだか品質保証責任者のサインが不自然です。虫眼鏡を取り出し深呼吸をしてから筆跡を睨みつけ、巧妙な偽造サインと見破りました。即座に購買担当者を呼んで問い詰めると「相見積で一番安いところにしたんですよお」と涼しい顔。ミルシートも言われてから慌てて取り寄せたとのお粗末。それ以降、管理をより厳しくし、購入前にミルシートサンプルを提出させることにしました。
目を疑うほどの安さにはわけがあります。見かけに惑わされずそいつを見抜く眼力を養いましょう。
惚れたあの娘に背を向けて 心鬼にし見るシート
氏より育ちと言うけれど 堪忍ならない過去もある
2021年11月19日