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第 五 話 先手の本懐
苦労して製作したタンクもやっと完成。今日はお客様の立会検査です。
今回製作担当としての対応を任せられたカイキは、お迎えした初老のお客様とうやうやしく名刺交換をした後、安全に注意しながら現場にご案内しました。
「ほう、これがうちの反応器ですか」。お客様はまぶしそうにタンクの全景を見上げてからカイキにこう言いました。「近寄って出来栄えを確認させてもらっていいかな?」。カイキは「ぜひ」と答えました。するとお客様はやおら小型で筒状のルーペを目にはめ、手鏡とペンライトを両手に持って近づいていきました。こういうお客様は初めてです。カイキは「なんかいつもと勝手が違うぞ」と独りごちました。
舐めるように観察は続きましたが、とある場所でぴたりと動きが止まりました。心なしか表情が険しくなってきたようにもみえます。そして、突然振り返りました。「おい。君」「は、はいっ!」「板金士と溶接士を呼んで」。カイキはぴょん、と軽く飛び上がり後退りすると、担当した溶接士のヨシツグと板金士のタスクを連れてきました。
お客様はルーペを外し、首に巻いていたタオルを抜き取りました。そして「ああ、みなさん、お忙しいところすみません。お時間は取らせません。溶接士の方は?」。ヨシツグは溶接面をフックから外し一礼しました。「全般に安定したいいビードです。でもここ(と指で差して)、苦労しましたね」「・・・」。実はその場所は一番難しい部位だったのです。ぴたりとそれを言い当てられ息をのんでしまったヨシツグの肩に手を置きお客様はさらに続けました。「しかしこれは素晴らしい。少しビードは乱れているが、そもそも普通ここまでは盛れない」。自らの溶接を誉められたと気づきヨシツグはようやく表情を緩めました。
すると今度はタスクの方に向き直りこう言ったのです。「先手(さきて=溶接士を補助する板金士のこと)の方、あなたはさらに素晴らしい」。え?とタスクはキョトンとした表情になりました。「こんなに狭い場所なのに実にうまく開先をとっている。でなければこのビードは置けない。あなた、いい仕事をしましたね」。そして半歩下がって「実は昨日図面を見たのですが、ちょっと気になっていた箇所だったのです。御二方の素晴らしいチームワークです。是非それが言いたくて」と最敬礼しました。一同あわてて返礼したのはいうまでもありません。
ヨシツグとタスクは仕事以外での交流はなく仕事中の会話もぶっきらぼうそのもの。それを知るカイキは、内心ヒヤヒヤしていましたが、最後に二人が顔を見合わせニッと笑うのを見てなんだか胸が熱くなってしまいました。
溶接は 餅をつくのにさも似たり
つき手返し手 相和して
見た目よければ 味も格別
2022年7月20日