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第 九 話 愛こそはすべて?
「キンヤセンパーイ」。ハイトーンのコーラスで名前を呼ばれ、キンヤは声の方向に向き直りました。新人のアイさんとマイさんです。二人は、今年入社したばかりの「リケジョ」。最先端を走るZ世代のホープとの呼び声が高く、キンヤは二人の教育係を任せられています。でも世代差というべきか話が噛み合わないことが多く少々持て余し気味。なのでキンヤは今一つ表情が浮きません。
「これ、チェックしていただけますか?」。差し出されたのは3ページほどのレポート。キンヤが要求していた課題です。「え?もうできたの?」と聞き返すと「頑張ったんだよねー」。アイとマイは顔を見合わせ頷き合いました。キンヤはやや引っかかるものを感じながら受け取りました。
「なんじゃあ、こりゃあ」。机に戻って一読し、キンヤは頭の上で腕を組みました。二つのレポートの内容がそっくりなのです。見比べると、表現や語用は違うものの起承転結はほぼ同じ。一方、諸説あるものの一つを断言したり、明らかな事実誤認までもが瓜二つ。なんだか別のTVチャンネルで同じニュースを観た気分です。翌朝、キンヤは二人を呼びました。
「この二つ、すごく似てるんだけど」「カ、カンニングなんてしてません!」とアイは声を荒げました。「そうはいってないよ。でもなんでなのかな?」。アイが「もしかして、あれのことかしらね?」とマイに振ると、マイは「でも確実だし、早いもんね」と何故か自信たっぷりの表情。実は、二人はそれぞれで流行りの生成型AIソフトを使っていたのでした。
キンヤはそれを聞き「どうも感心しないな」と腕組みしました。「でも、自分できちんと読んでみて理解したし納得もしたんです」「この方が速いし効率的、ですよね」。アイとマイは口々に主張します。キンヤはため息をつき「AIといっても所詮は他人の知識をまとめたものに過ぎない。諸説あれば結論もブレる。時を経て真逆の答えが出ることもある」「それを見分ければいいんじゃないんですか?」。マイは唇を尖らせました。
「世の中には情報が溢れそれぞれが自分こそが正しい、と主張する。それを見分けるには自ら得た知識と経験の積み重ねが必要だ。でも君たちにはまだそこが足りない。だからいきなりこんなものに頼るのは危険だ。まずは自ら情熱を持って取り組み考え抜くことだ」。
あれ?ソフトの話はともかく、似たようなことを昔課長に言われたことがあったっけ。
「つまり、『AI』より『愛』ってことだ」。きまった、とキンヤは得意気でしたが、「はーい、これからはなんでも先輩に聞いてアイマイにしませーん」と見事にボケられてしまいました。
2023年6月6日
→糸