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第 十 話 糸
「はいっ、もしもし?」。
かかってきた電話に答えたのはアイです。アイは半年間の技術部での実習を経て営業部に配属されてきました。どうやら最近は顧客対応もしているようですが・・・。
「あ、はい。少しお待ちください」とアイは受話器を持ったまま腰を浮かせ、そのまま席を立ち部屋の外へと出て行ってしまいました。アイの受話器は卓上のコードレス。廊下くらいまでであれば通話が切れることはありません。
やがて5分ほど経つとアイは戻ってきて再び席につきました。「あ、アイちゃん、ちょっと」。その様子を見て上司のウリノ課長が席から声をかけました。「どうした」「え、まあ。特に・・・」。しかし、その言葉とは裏腹に眼を伏せたのを課長は見逃しませんでした。「ちょっとこっちに」。課長はアイを会議室に誘いました。
「なんでもっと早く相談してくれなかったの?」。案の定お客からのクレームでした。アイは自分一人で解決しようとメールでやり取りしていたのですが収めることができず、ついにお客から電話がかかってきた、ということのようでした。アイはどう怒られるのかと神妙な顔つきになっています。
すると課長はやおら頬を緩め、全く想像していなかった話をし始めました。「僕の若い頃、電話はコードでつながっていた」「え?」「だからね、すべてその場で応対しなきゃいけない。周りに気を遣って小声になると『声が小さい!』ってまた文句を言われたりしてね」「あ」「でもね、上司って必ず聞いているんだね。どんなにはぐらかしてもこういうんだ。『話はだいたいわかった』ってね」「ほんとですか」「ああ。近くで聞いてりゃ相手の言いそうなことくらいわかるのさ。それが上司ってもんなんだ。でもね、席を外されちゃうと『困っているのかな』くらいしかわからない。だからなるべく席に着いたままでやり取りして欲しいのさ」。
アイから経緯を聞き、一通りの指示を終えてから課長は言いました。「糸電話ってあるだろう?思いはあれと同じさ。上司と部下を繋ぐホットラインってわけだ」。するとアイはにっこり笑い「LINEのビデオ通話、ってことですかね。『糸』だけに」と返しました。課長は心の中で深い息をつきました。
「ま、そういうことにしとくかな」。
盾の意図はあなた
矛の意図はわたし
織りなすモノはいつか誰かの
キズをかばうかもしれない
2024年2月10日